日にちなし昭和51年11月7日(?) 特別奉修委員
先日、美登里会の方達の信心実習を筋湯でなさいました。
家内を中心にして、皆さんがおかげを受けられた。そのことの私お礼をあの晩、申させてもらいよりましたら、あの、歌舞伎役者に、中村歌右衛門という女形の役者がおりますね。あの人が娘道明寺かなんかを、の扮装で、こう舞台で決まった所を頂いたんですよ。
まあ、いま、何というても、歌舞伎役者の中で、しかもあの女形では、中村歌右衛門が日本一と言われておりますがね。
そういう一つの、素晴らしい演技が、でける、しかも日本一的な、まぁ、今朝のご理解の中にありましたようにね、甘木の御信者さんが、しかしそのほんとにそのおかげを下さろうとする働きがね、今日の、あれはなんといいましたかね、黒岩水産というんでしょうか、娘さんが嫁入った、まさこさんといわれますけども、の信心でそうして、まあ、助からんほどしの難病を受けられて、お願いして、入院されたその病室に、隣に甘木の古いね、いわゆる今日のご理解で言うなら、もう絶対の信念を持った、そのおばあさんが、一緒に入院しておられたということなんかね、もうそれこそ、神様のそうさした有り難さとか、分からない人に、もう絶対あんたおかげ頂くというて言い続けられた、そのおばあさんが、ね、もういま何というても、合楽教会といや、おかげなら日本一と定評がある、そういうところにあなたご縁を頂いとるけん、絶対助かるよ、ち、
私どんが若い時に、甘木の教会で、そりゃもうほんとに素晴らしいおかげを皆が頂いた。
もうそん時の同じように、今の合楽教会は、おかげでなら日本一だと言われておる。
あなた絶対助かるを繰り返されたちゅう。ね、そのおばあさんが、そういう確信を持って人に伝えていかれた、そういう人が、横におられる、神様が引き合わせられたというところに、なんとも言えんおかげを感じますよね。
というようにその、まあ、美登里会の方達というか、まぁ、特別奉修委員の方達というても良いですけれども、まぁ、合楽で、ね、昔はほんとにあの、魔女の集まりと言われるくらいに強いものを持っておられた、人達のいうならば集いである。
ほんとに名実ともに、日本一の教会、そして、名実ともに、日本一のいうならば、合楽教会の婦人会の皆さんだと言うようなね、おかげを頂いてかにゃならんが、その内容になるものはどういうものでなからなければならないかと、いわゆる確信なんですけどね、いよいよ不動の信念というものが、あの培われて、いよいよ不動の信念、いわゆる、一年遅れて分限者になれと仰るが、それがその、必ずおかげになると確信すると言うことである。
今日私はあの、まぁ、皆さんもお気づきだろうけれども、私の息子が、四人ともお道の教師に資格を頂いて、もう一番私のかゆかとこに手が届くように、あの、おかげを頂いてくれるのは、幹三郎一人です。
もう朝の三時十五分か二十分にはもう私の方へやってきますけんね。
そしてもう最後までここで御用を頂いてくれるのは幹三郎です。もう息子たちがすわっとっても、もう後は幹三郎にもう任せとって、すーっと立って行く。今日なんかも全然・・?ますから、といったような、もう私の信心の、いうなら、痒かとこに手の届くように、もうこのまま行ったら、ほんにどげな有り難い先生がでけるかと親が思うくらいに、ま、あの、でけるのは幹三郎です。
だからそういういあり方に、子供たち全部なって貰いたいというような親の願いなんです。
それで、それを私は、あのどうぞ、そういう、一つの、親の信心を受け継いで、いよいよ人が助かることのためのお役に立つような、信心、教師にお取立て頂くように、まぁ、お願いさしていただいておりましたらね、あの、桑の葉ね、桑の葉、桑の葉に蚕子を包んでから、こうする所をいただくんですよ。
そしてご理解にね、あの、桑の葉でね、なるほど桑の葉を食べて、蚕さんは、食いあがった後は、繭をこう張るわけでしょう、だから、というてなら、桑の葉で、繭を作るわけにはいかん、と神様が仰る。私もこれ頂いてから、もうほんとに、今日皆さんに聞いて頂く、確信とはね、心が確信されなければならないということ。
問題は、私どんがより、決して本当ということはありません信心には、もう限りなく、いわゆる本当な、より間違いの無い、より真の信心を目指して行くということが、信心です。もうこれだけ分かったから、もうこれで良いということはありません。
もうそういう意味でならば、なら、私がおそらく亡くなる、私が死ぬるまで、まぁ、今日のご理解を、そのことを言うと、お前が死んだらちゃんと、銘々自覚に立って、ちゃんとやるぞ、というわけなんですよ。
だから、私が、死んだら、なら、その、まあ、私のいうならば生き方というか、なら、痒かとこに手の届くような生き方がでけない子供達が、ですけれども、お前が死んだら、ちゃんとそれぞれに自覚を持っておる、からこそ、なら、道の教師に皆が志さしてもろうて、かというて、それぞれに、もうほんとに、この人じゃなからにゃならんというところは、例えばなら若先生なからにゃならんとこは、若先生がちゃんと、やってのけてくれますよ、
光昭じゃなからにゃならんとこは、もう光昭がそれこそ他の兄弟にまねの出来んようにやってくれますし、栄四郎は栄四郎で、やっぱりそうです。
ただ私の信心を、神習うといったような意味合いにおいては、幹三郎さんが一人なんです。
これなんかやっぱり、ほんとに自分の無い命を、親様のおかげで助けてもろうた、というその思いが、いっぱいいっぱいあるんです、この人は。
だからそりゃもう泣く泣くでもやっぱ、辛抱するといったようなとこがあるわけです。
もうほんとにあの、こりゃ、親の私が感心するぐらいですけれども、なら、そういう子供が皆そうあったらさぞよかろうけれどもね、そうでない所にね、ならば、桑のいかに、なら、桑の葉を食べて、蚕は繭を作るのだけれども、なら、桑の葉で直接、包むわけじゃ、繭になるわけにはいかない、ね、だから必ず、この桑さえ食べていきよればね、必ず繭を作るおかげになってくる。
だから問題は、桑の葉を食い続ける、食べ続けるということが、問題だ。
それほかの葉どん食わせよったちゃでけん、なら、それはどういうことかというと、今申します、真の信心を求め続けて行くという、精神さえあればということです。
なら皆さんでもそうでしょう、子供が付いてこんとか、お父さんが付いてこんとか、いろいろな、そん願い事はいっぱい持っておるけれどもです、思うようにならない、痒かとこに手の届くような、その、ことになってこないと言うことでもです、こちらの芯が間違いなかったら、ね、間違いの無い、もう、神様におすがりしぬく、しかもおすがりしぬくということがです、真の道を求め求めしていくという信念、いうなら信心をいよいよ分かっていくことの楽しみ、いうならば、より本当のことから、より本当のことへという、桑の葉を食べて行く、・・?必ず、おかげになる。それがその必ずおかげになると確信できれる、そういう信心がです、一年遅れて分限者になると言われる。
もう絶対、一年二年遅れても、おかげにはなると確信がでける。
それが今日の不動の信念を・・・?ね、いわゆる、確立運動とは、そういう間違いの無い、信心をいただき続けるという、まず信心がでけた時、名実ともに・・・・・途中切れ。
(大坪かよこ)